July 10, 2007
the power
パワーをとるか、快楽をとるかの選択肢を迫られるのが、毎回の食事。
往々にして、ファーストフードの店に行ってハンバーガーをとるか、野菜をとるかの選択に迫られます。
私など、普通にしていると、体は肉、脂、炭水化物を求めているわけなので、野菜などには目がいかず、ハンバーガーを頼みたい衝動にかられます。
しかし、健康な食事の基本は野菜中心の食生活であることを頭ではわかっています。
そこで、ハンバーガーを注文すると、体はとても満足します。
やはり肉はおいしいからです。
しかし、食べた後でどことなく罪悪感が残ります。
ここで、あえてサラダを注文すると、どうなるか。
ハンバーガーほどおいしくないので、一時的な食欲は満足しません。
しかしながら、「注文すべきサラダを注文した」という精神的な充足感が内からわいてきます。
健康な体を維持する、という自分の信念と行動が一致したから、そこからパワーが生まれる、というわけです。こういうパワーというのは「そこに快楽や苦痛があるか」ということとはあまり関係がないようで、ともかく自分の言葉を守るか、それを信じられるかどうかということにかかっているように思えます。
自分の言うことが自分で信じられると何が良いのか?
段々と、自分の発する言葉が力を持ち、現実を形作っていくようになると思うのです。
往々にして、ファーストフードの店に行ってハンバーガーをとるか、野菜をとるかの選択に迫られます。
私など、普通にしていると、体は肉、脂、炭水化物を求めているわけなので、野菜などには目がいかず、ハンバーガーを頼みたい衝動にかられます。
しかし、健康な食事の基本は野菜中心の食生活であることを頭ではわかっています。
そこで、ハンバーガーを注文すると、体はとても満足します。
やはり肉はおいしいからです。
しかし、食べた後でどことなく罪悪感が残ります。
ここで、あえてサラダを注文すると、どうなるか。
ハンバーガーほどおいしくないので、一時的な食欲は満足しません。
しかしながら、「注文すべきサラダを注文した」という精神的な充足感が内からわいてきます。
健康な体を維持する、という自分の信念と行動が一致したから、そこからパワーが生まれる、というわけです。こういうパワーというのは「そこに快楽や苦痛があるか」ということとはあまり関係がないようで、ともかく自分の言葉を守るか、それを信じられるかどうかということにかかっているように思えます。
自分の言うことが自分で信じられると何が良いのか?
段々と、自分の発する言葉が力を持ち、現実を形作っていくようになると思うのです。

