子供の頃、かくれんぼだとか、ドッジボールだとか、将棋だとか、ゲームばかりやっていたような気がします。

ゲームが終わると、勝ち負けが決まって、喜んだり悔しがったりするわけですが、ゲーム自体にはほとんど意味がありません。ドッジボールなんて、ボールぶつけ合うだけ。痛いだけです。

しかし、ゲームの最中はとにかく一生懸命で、生きている実感を何より味わうことができました。意味のないものに、なぜあれほどの熱意と集中力を持ってやれたんだろうと、今では不思議に思います。その時のモチベーションは、「勝ちたいな」くらいのものです。

大人になると、やることが意味あることばかりのように思えてきます。
あるいは、意味あることしかやらないべきであるように見えます。
自分のやっている仕事の意義を考えたり、勉強の効率を考えたり、稼げるお金の金額を考えたり、価値のありそうなものに目が向きます。

しかし、どうも価値のあるものが本当に存在するのか、疑わしくも思います。
ある人にとって価値のあるものは、他人にとっては全く価値がありません。

仕事がつまんなくなったり、燃え尽きたりする人も、元々その仕事に何か意味があると思っていたからこそ、逆にその「意味のなさ」に耐えられなくなるのではないでしょうか。

だったら初めから、「今やってること全てに意味がない」と割り切ればいいようにも思います。
その上で、ゲームをはじめたらいいのではないかと思うんです。
「勝ちたいな」と思って無我夢中で遊ぶゲームの方が、意味のある物事よりもよっぽど楽しそうです。