数ヶ月前にとったセミナーのプログラムで、リーダーが言っていた言葉:
「自己表現は、自分の言いたいことを自分の言いたいように吐き出すことではない。自己表現は、Listeningの中にある」
と言っていました(ずっと前にブログに同じことを書いたような気もしますが)。
大変、印象的な言葉です。
確かに、プレゼンテーションで人をひきつける人は、壇上に上がっていても、観衆とコネクションを作りあげ、こちらの考えていることを手にとるように理解しているように感じます。
つまり、しゃべっているのに、聞いているのです。
熱心に声を口から発しながら、実は観衆に耳を傾けているわけです。
逆に、ただ話したいだけの人は、「自分」がしゃべる内容や口調の中に出てしまいます。観衆の聞きたいことではなく、自分のしゃべりたいこと、自分を守る/飾る内容、自分を良く見せるための内容を話し始めます。
会話者とコネクションを感じることのできない観衆は、その話に飽きて自分の頭の中で、自分と会話を始めます。
この場合、一見饒舌で「自己表現」ができていそうな人でも、コミュニケーションが成り立っていない、ということが起きます。
これは、おたがいにとって、むなしい状況ですね。なんとしてでも避けたいものです。
「自己表現は、自分の言いたいことを自分の言いたいように吐き出すことではない。自己表現は、Listeningの中にある」
と言っていました(ずっと前にブログに同じことを書いたような気もしますが)。
大変、印象的な言葉です。
確かに、プレゼンテーションで人をひきつける人は、壇上に上がっていても、観衆とコネクションを作りあげ、こちらの考えていることを手にとるように理解しているように感じます。
つまり、しゃべっているのに、聞いているのです。
熱心に声を口から発しながら、実は観衆に耳を傾けているわけです。
逆に、ただ話したいだけの人は、「自分」がしゃべる内容や口調の中に出てしまいます。観衆の聞きたいことではなく、自分のしゃべりたいこと、自分を守る/飾る内容、自分を良く見せるための内容を話し始めます。
会話者とコネクションを感じることのできない観衆は、その話に飽きて自分の頭の中で、自分と会話を始めます。
この場合、一見饒舌で「自己表現」ができていそうな人でも、コミュニケーションが成り立っていない、ということが起きます。
これは、おたがいにとって、むなしい状況ですね。なんとしてでも避けたいものです。

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