人気テレビ番組であった「まんが日本昔話」が放送打ち切りになるそうです。
私は、子供の頃によく見ていましたが、今でも鮮明に覚えている衝撃の昔話を思い出してしまいました。
それは、崖を上っている最中に、縄を失って、小さいくぼみのような所に迷い込んだ男が、動けなくなるという話です。
男は、くぼみに閉じ込められ、完全に行き場を失ってしまいます。
断崖絶壁の中で、もはや上ることもできず、下ることもできなくなります。
彼は途方に暮れます。
そして、彼はどうするか。
身を投げて死ぬのです。
話はこれで終わりです。
これを最初に見た時は子供だったわけですが、あまりの恐怖と「なぜ、こんなひどい昔話をテレビで放送しなければならないのか」という疑問に打ちひしがれました。
大学生になって河合隼雄氏の昔話に関する話を読むと、その疑問が氷解していきました。私の解釈によると、この昔話が教えているのは、人間が日常生活をすごしているうちに忘れがちな「理不尽な出来事」を知らせる"無意識からの警告"です。
考えてみると、こういう理不尽な昔話はたくさんあります。
昔話の中には、本来残虐な描写がされているのに、時を経てマイルドになったものも多くあります。
しかし、こういった残虐性・理不尽さというのは、人間理解には必須であり、必ずしも取り除くことが望ましいとは限らないことがあります。
現実世界を見ると、犯罪に巻き込まれて家族を失ってしまう人や戦争で家を奪われる人、理不尽な出来事はたくさん起きています。
こういった出来事は、自己の無力さを知らしめると共に、「それでも自分はどうあるべきか」という問いを投げかけてくれるものです。
そうした経験は、何も現実世界の中でしなくとも、昔話の主人公に自分を同一化することによって体験できます。
特に、子供の場合、物語の内容を自分のこととして受け取りますから、昔話を通して、恐怖や悲しみをリアルに体験し、それを克服するトレーニングをすることができると思います。
昔話は、大事です。
私は、子供の頃によく見ていましたが、今でも鮮明に覚えている衝撃の昔話を思い出してしまいました。
それは、崖を上っている最中に、縄を失って、小さいくぼみのような所に迷い込んだ男が、動けなくなるという話です。
男は、くぼみに閉じ込められ、完全に行き場を失ってしまいます。
断崖絶壁の中で、もはや上ることもできず、下ることもできなくなります。
彼は途方に暮れます。
そして、彼はどうするか。
身を投げて死ぬのです。
話はこれで終わりです。
これを最初に見た時は子供だったわけですが、あまりの恐怖と「なぜ、こんなひどい昔話をテレビで放送しなければならないのか」という疑問に打ちひしがれました。
大学生になって河合隼雄氏の昔話に関する話を読むと、その疑問が氷解していきました。私の解釈によると、この昔話が教えているのは、人間が日常生活をすごしているうちに忘れがちな「理不尽な出来事」を知らせる"無意識からの警告"です。
考えてみると、こういう理不尽な昔話はたくさんあります。
昔話の中には、本来残虐な描写がされているのに、時を経てマイルドになったものも多くあります。
しかし、こういった残虐性・理不尽さというのは、人間理解には必須であり、必ずしも取り除くことが望ましいとは限らないことがあります。
現実世界を見ると、犯罪に巻き込まれて家族を失ってしまう人や戦争で家を奪われる人、理不尽な出来事はたくさん起きています。
こういった出来事は、自己の無力さを知らしめると共に、「それでも自分はどうあるべきか」という問いを投げかけてくれるものです。
そうした経験は、何も現実世界の中でしなくとも、昔話の主人公に自分を同一化することによって体験できます。
特に、子供の場合、物語の内容を自分のこととして受け取りますから、昔話を通して、恐怖や悲しみをリアルに体験し、それを克服するトレーニングをすることができると思います。
昔話は、大事です。

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