情報の解釈について、格好の題材が見つかりましたので、載せたいと思います。
以下、読売新聞の記事。
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総裁選に意欲?福田氏が新アジア政策の必要性訴え
自民党の福田康夫・元官房長官は25日、都内で講演し、父の福田赳夫・元首相が1977年に打ち出した東南アジア外交の基本方針「福田ドクトリン」を踏まえ、中国の台頭などに対応した新たなアジア政策を打ち出すべきだとの考えを表明した。
小泉首相の靖国神社参拝について、「日本にプラスになっていない」と指摘した。
福田氏がこうした外交構想を掲げたことで、9月の自民党総裁選への意欲をにじませたとの見方も出ている。
福田氏は、総裁選について「党内での総裁選びと考えれば、長い時間は必要ない。小泉首相や小渕元首相も、手を挙げたのは1か月前だった」と述べた。
(読売新聞) - 4月25日22時58分更新
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まずは、事実の把握をすると、
- 自民党の福田康夫・元官房長官は25日、都内で講演
- 父の福田赳夫・元首相が1977年に打ち出した東南アジア外交の基本方針「福田ドクトリン」を踏まえ、中国の台頭などに対応した新たなアジア政策を打ち出すべきだとの考えを表明した。
- 小泉首相の靖国神社参拝について、「日本にプラスになっていない」と指摘した。
- 福田氏は、総裁選について「党内での総裁選びと考えれば、長い時間は必要ない。小泉首相や小渕元首相も、手を挙げたのは1か月前だった」と述べた。
で、解釈部分は、以下の通り
- 福田氏がこうした外交構想を掲げたことで、9月の自民党総裁選への意欲をにじませたとの見方も出ている。
この文章を読んで、「え?」と思いました。
私のように、疑問に思った人も多いのではないでしょうか。
外交構想と、総裁選への意欲というのが、どう関連しているのでしょうか…?
こういう記事を読むと、マスコミの恣意性を感じざるを得ません。
非常に飛躍した議論をしているにもかかわらず、なぜそうなのかの説明がほとんどされていないのです。
今まで、何の動きもなかった福田氏が、突然口を開き、総裁選びにも多少言及したというのはわかるのですが、それを「総裁選への意欲」と解釈するのは、やり過ぎなのではないかと思うのです。
映画でもそうですが、何しろ対立構造は複雑な方が、観客は見ていて楽しいものです。
だからといって、国民の生活に関わる社会的に重要な事項に関して、このような拡大解釈がまかり通るのは、許されるべきではないと思います。
以下、読売新聞の記事。
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総裁選に意欲?福田氏が新アジア政策の必要性訴え
自民党の福田康夫・元官房長官は25日、都内で講演し、父の福田赳夫・元首相が1977年に打ち出した東南アジア外交の基本方針「福田ドクトリン」を踏まえ、中国の台頭などに対応した新たなアジア政策を打ち出すべきだとの考えを表明した。
小泉首相の靖国神社参拝について、「日本にプラスになっていない」と指摘した。
福田氏がこうした外交構想を掲げたことで、9月の自民党総裁選への意欲をにじませたとの見方も出ている。
福田氏は、総裁選について「党内での総裁選びと考えれば、長い時間は必要ない。小泉首相や小渕元首相も、手を挙げたのは1か月前だった」と述べた。
(読売新聞) - 4月25日22時58分更新
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まずは、事実の把握をすると、
- 自民党の福田康夫・元官房長官は25日、都内で講演
- 父の福田赳夫・元首相が1977年に打ち出した東南アジア外交の基本方針「福田ドクトリン」を踏まえ、中国の台頭などに対応した新たなアジア政策を打ち出すべきだとの考えを表明した。
- 小泉首相の靖国神社参拝について、「日本にプラスになっていない」と指摘した。
- 福田氏は、総裁選について「党内での総裁選びと考えれば、長い時間は必要ない。小泉首相や小渕元首相も、手を挙げたのは1か月前だった」と述べた。
で、解釈部分は、以下の通り
- 福田氏がこうした外交構想を掲げたことで、9月の自民党総裁選への意欲をにじませたとの見方も出ている。
この文章を読んで、「え?」と思いました。
私のように、疑問に思った人も多いのではないでしょうか。
外交構想と、総裁選への意欲というのが、どう関連しているのでしょうか…?
こういう記事を読むと、マスコミの恣意性を感じざるを得ません。
非常に飛躍した議論をしているにもかかわらず、なぜそうなのかの説明がほとんどされていないのです。
今まで、何の動きもなかった福田氏が、突然口を開き、総裁選びにも多少言及したというのはわかるのですが、それを「総裁選への意欲」と解釈するのは、やり過ぎなのではないかと思うのです。
映画でもそうですが、何しろ対立構造は複雑な方が、観客は見ていて楽しいものです。
だからといって、国民の生活に関わる社会的に重要な事項に関して、このような拡大解釈がまかり通るのは、許されるべきではないと思います。

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