アメリカンフットボールで最も重要とされているポジションが、"Quaterback"です。
勝利のカギを握るチームの司令塔です。

なので、チームが負けると、Quaterbackが非難されることが多いんですね。
そうすると、アメフトの日曜のゲームを見て、月曜の朝になると、

「あのQuaterbackはあそこでパスすべきじゃなかった」 とか、
「あそこで右に行くと失敗すると自分は思ってた」とか、

結果が出てから、勝手な評論をはじめる人達が必ず出てきます。
そういう人のことを、

"Monday Morning Quaterback"

と言うんです。

Monday Morning Quaterbackの言うことは正しい。
でも、当事者意識がないんです。
だから、批評の中では、自分が王様になれる。
その感覚が気持ち良いんだとおもいます。

図らずも、当事者意識のない批判が大嫌いな自分も、ハッとMMQになっていることに気づくことがあります。

あの選手がこうしていれば勝っていたとか、あんな失敗するなんてどうしようもないとか、油断していると勝手なことを言っているものです。
しかし、そんな狭量な自分が実に恥ずかしい。


メダルをとれなかった、4回転ジャンプを成功させられなかった選手に対して、非難とも嫉妬ともつかない評論・コメントが、某ポータルサイトに匿名で続々寄せられているのを発見したのですが、

オリンピックの舞台を知らない凡人の我々に、彼女らの技術・精神レベルの次元を理解することができるのでしょうか。自分はオリンピックに出たこともないのに、「オリンピック代表・日本代表失格ですね」などと書いているのを見ると、吐き気がしてきます。

「あなたはたとえ一回でも、何かで世界の頂点に挑んだことがあるのか」と聞きたい。

大学時代、私はアイスホッケーの練習の一環として、スケーティング練習を、スケートリンクの一般滑走の時間にやっていました。たくさんの一般人が滑走する中で、スケートリンクの中央で、毎日何時間も、フィギュアスケートの練習をしている人たちがいました。

転んでも、何回も立ち上がり、ジャンプに挑戦する。
腕と脚はアザだらけですよ。
コーチに叱られながら、狭いリンクで周りの人にぶつかりながら、それでも毎日のように、彼らは一生懸命練習をしていました。

私は、彼らをメジャーなフィギュアスケートの大会で見たことはありません。

彼ら・彼女らをはるかに上回るたくさんの人たちが大会に出て、その上位の、ほんの一握りの選手数人だけが、オリンピックような世界の舞台に立てているわけです。
その練習と努力の量たるや、想像を絶するものがあります。

傍観者の我々がやるべきことは、その人達に対して、健闘を称えて、ただただ拍手を送ることだと思います。

オリンピックの主人公は、視聴者ではなく、あくまで選手です。
オリンピックで選手が活躍すると、元気と感動をもらったり、メダルがとれないと、盛り上がらなかったり、ふがいなく思うのは、誰しも感じることかも知れません。
しかし、ある意味、それは、他人に自分の幸福をゆだねているサインでもあると思うのです。

自分には、自分が主役になれる仕事があり、
当事者意識をもって取り組める使命があり、
自由に批判して、自由に直すことができる自分の行動があり、
影響をおよぼすことのできる、コミュニティがある。

一生懸命、それらに取り組むこと以外に、大事なものはないと思うのです。

Monday Morning Quaterbackには、なりたくないものです。