Midtown Report

ビジネスと人間に関する発見と考察 from Los Angeles & New York

March 2010

話題になっている日本のイルカ漁の潜入ドキュメンタリーです。
興味はあったのですが、今回iTunesでレンタルして見ることができました。

映画の内容は、「和歌山県太地町のある入り江("The Cove")で行われているイルカの『虐殺』を撮影するために、環境保護団体のグループがあらゆる手を駆使して現場に潜入し、ついにその実態をカメラにおさめる」というものです。

もちろん、『虐殺』"Slaughter"は、彼らの使う言葉であって、日本では単なる『イルカ漁』です。話の発端は、Ric O'barryというイルカのトレーナーです。彼は、60年代に"Flipper"というイルカが登場するドラマでトレーナーを行い、全米各地でイルカのショーが盛んに行われるきっかけとなった人物です。

彼は、Flipperで育てたイルカがストレスによって亡くなったこと(彼の話によると、そのイルカは自殺した)から、イルカを酷使することに罪悪感を感じるようになり、70年代からは一転してイルカの保護を推進する活動をはじめました。彼は、イルカが太地町で殺されている現場を世界に発信することによって、イルカの捕獲や猟をやめさせようとしたのです。

実際、彼らの潜入によりイルカ『虐殺』映像の撮影は成功します。ただ、私も日本人だからか、どうしてもこの見せ方はフェアじゃないなと思いました。

この映画をRic O'barryの贖罪のストーリーとしてみると、なかなかに感動的です。イルカと心の通う体験をした彼からすれば、イルカを殺すことなど、考えられないのでしょう。映画の前半では、イルカがいかに人間と同じような知性や心を持つ動物であるかがアピールされています。そういう文脈を与えられた後では、あのイルカ漁の映像は確かに残虐非道と映るでしょう。特に、イルカや鯨を食べない文化の人にとっては、目を背けたくなるシーンであるのは間違いないです。

この映画の監督は、そのシーンについて、「太地町の人たちは、政府と一緒になってイルカを虐殺していることを隠している」と言っています。それは、ちょっと違うと思うんです。イルカ漁を行っていること自体は、隠してないはずです。ただ、実際に血しぶきが飛び散る漁の現場は、一般市民に見せるようなものではないから、立ち入り禁止にしているだけだと思います。自分が漁師だったら、あんな場面を子供に見せたいとは思わないはずです。

「プライベート・スペース」という英語の2文字しか話さない日本人の方が、映画の中で揶揄されていましたが、食用の動物の屠殺現場は、すべて「プライベートスペース」だと思うんです。牛や鶏や豚だって殺される現場をわざわざ見たい人はいないでしょう。だから、隠すのは当然です。別に後ろめたくて隠しているわけじゃないはずです。我々は、自分たちが食べる焼肉やハンバーガーを供給するために、自分たちの見えないところで、血を浴びながら動物を屠殺してくれている人々に感謝こそすれ、非難するなどもっての他だと思います。

イルカ漁も同じで、単に公衆の場には不適切だから見せないだけです。そういう意味では、「日本政府と太地町民が結託して極秘に虐殺を繰り返している」というような政治サスペンス的な印象を与えているのはフェアじゃないなと。

水銀の件については、どの程度有害なのかを皆が知ることは有益だと思いました。
鯨肉を食べる人で、実際に水銀中毒の症状を見せている人はいないそうですが、監督がフォーカスすべきだとすれば、こういう論点だと思います。漁という供給サイドの問題よりも、栄養の供給源としての問題やイルカショーの問題などといった需要サイドに働きかける方が圧倒的にフェアです。

以上の感想を持ったわけですが、私が何より驚いたのは、この映画がアメリカで絶賛されていることです。これだけ、文化の違いがあって、いろいろな意見が飛び交うこの国で、今のところ私はこの映画に対する絶賛の言葉しか聞きません。Amazonのレビュー欄でも最高の評価をしている人があまりに多いことにビックリしました。

ちなみに、よく言われているような日本バッシング的な要素は一切ありません。いくつかの描写によって「日本人がバカにされている」と思われるかもしれませんが、それは個人がバカにされているのであって、日本が包括的にからかわれているような要素は見当たりませんでした。むしろ、太地町の美しさや、日本に対する敬意は随所に感じられました。

本当によくできている映画で、このプロジェクトを最後まで遂行した監督やRicの信念には、正直脱帽します。人に真実を知ってもらうために、世界を変えるために、勇気をもってこの映画を作ったこと自体にはとても刺激を受けます。

ただ、漁師や太地町の人たちを責める気には全くなりません。私の立場としては結局、捕鯨・イルカ漁賛成です。伝統を守るために、がんばっている方々を応援したいです。

ふと、古本屋に立ち寄って、2冊の本を手にしました。
第一冊目がこれ。

告白 (文春文庫)
告白 (文春文庫)
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この本、何気なく古本屋で手に取ったみたのですが、メチャクチャ面白いです。ちょっと数ページだけかじってみるはずが、喫茶店で一気に最後まで貪るように読んでしまいました。

大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件を引き起こした井口氏の告白です。この本、やたら文章が洗練されていたので、大学からアメリカ生活をしていて、その後銀行業務にどっぷり漬かっていた本人が本当に書いたのかな?と勘ぐってしまいました。全体の文章の構成(時系列的なコンテンツの配置)や事件の細部にわたる説明や所々に見られる「技あり」な比喩表現方法など、自分の目からするとあまりにもうますぎて、アマチュアのライターでは絶対に書けないのではないかと疑ってしまいました。もしプロのライターが手を加えたとしたら、逆にそのプロのライターは、他にどんな著作を書いたんだろうと、興味を持ってしまいました。

あちこちで、ニューヨークの聞きなれた地名やストリート名が出てきたので、事件の情景が一つ一つ思い浮かび、よりリアルに迫ってきたのも、自分にとってこの本が面白かった要因の一つです。あの時、あの場所で、あんなことが起きていたんだと…自分も同じような立場に追い込まれていたら、同じような行動をとっていたかもしれない、そう思うとゾッとします。現在の金融機関のガラス張りの管理体制だったら絶対に短期間でバレていたはずの無断取引を、彼は12年間も隠し通したのです。最初は、5万ドルの損失を取りかえそうと行ったことが次々と裏目に出て、損失は最終的に11億ドルにまでなってしまうのです…想像を絶します。

表紙の絵は、おそらく事件当時にNew York Timesで使われたという本人の学生時代の写真です。無垢な23歳・マッシュルームカットの写真は、この男が11億ドルもの巨額損失をひきおこしたという事実と対比されて、逆に不気味な雰囲気をかもし出しています。


奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ
奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ
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先ほどの井口氏の本を読んだ後は、「やっぱり、会社は社員の管理体制をしっかりしないとな」という読後感で一杯でしたが、この本は、完全にその逆をいくものでした。
自分自身、同じタイミングでこの一見相反する2つの本を買っていたことに驚きました。この本の著者リカルド・セムラー氏(セムコ社CEO)は、経営をする上で、従業員に対するコントロールを完全に手放すべきだ、ということを主張し、実際に経営の場で実践して成功を収めています。

会社で働く従業員一人一人を良識のある「大人」とみなし、ほぼ全てのオペレーションを、6-10人単位の集団ごとに責任を移譲してしまうのです。この会社では、出勤時間や仕事内容、さらには給料まで従業員が自分達で決めてしまいます。事業計画、売上目標、ミッションステートメントやクレドも全くなしです。そんなことしたら、従業員に好き勝手に会社を利用されてしまうのではないか、と思うかもしれませんが、このセムコという会社では、きちんと機能しているらしいのです。

あまりにも違う世界が描写されているような気がして、そんなことが果たして可能なんだろうかと最初は眉唾ものでした。しかし、本を読み進めていくにしたがい、具体的事例の数々によって、否が応でも納得させられている自分に気づきました。社員が不正を働いたことも当然あったそうです。しかし、それは当事者同士で問題を解決させ、経営者として、それを契機にコントロールを押し付けることはないそうです。

先ほどの本に述べられている大和銀行の事件も、セムラー氏であれば「ウチの会社でそんなことは起きるはずがない」と言うでしょう。つまり、心から自分がやりたくて就いた仕事で、その内容に誇りを持ち、売上目標を自分で決めていて、会社から押し付けられるものが何もない状況であれば、無断取引をするなど、トレーダーにとって何の意味もないことだからです。

数々の成功者の本を読んで、今まで疑問に思ってきたことがあります。成功の尺度として、たくさんのお金を持っているとか、大きい家や良い車を保有することを良しとし、中にはそれをことさら誇張する経営者がいます。ところが、それを以って皆の模範になるのは、無理があるのではないかと思うのです。物質的な豊かさを手に入れることができなければ、即人生が不幸であるということなのでしょうか。それならば、全ての人が幸福を享受することはできない、ということです。そんな立場を経営者自身がとっていたら、そこで働いている従業員は、「全員が勝つことのできないゲーム」を強いられ、敗北の恐怖におびえながら仕事人生を送ることになりそうです。

「不労所得を得て、幸せなお金持ちになろう」みたいなことが数年前に流行しましたが、あまりの思想の浅さに、私自身は辟易します。こういうスローガンを掲げる人は、意図はしていないと思いますが、実は全ての人が勝てるわけではないゼロサムゲームに人を誘っているのです。一見、明るいその言葉の影には、勝ち負けの世界があり、その裏にあるのは、敗北に対する恐怖と不安です。

私は不労所得が悪いと言っているわけでは全くありません。ポイントは、提案しているゲームの本質が「お金を得る」ことなのか、「自己表現をする」ことであるかということです。前者は全ての人が勝てないゲーム、後者は全ての人が勝てるゲームです。これによって、決定的に幸福度が変わってくると思うのです。

私は、仕事(もしくは人生)の醍醐味は、仕事自体を自分の自己表現と完全に一致させることだと思っています。自分を表現することが、そのままお客様への貢献になる。お客様への貢献が、報酬となって返ってくる。仕事で幸福をもたらすのは「これだけ」だと思うのです。報酬は二の次で、自己表現が第一、この順序が決定的に重要だと思います。

自己表現は、誰でも、どんな職業でもできます。新しい事業に挑戦したい!ということが自己表現だという人がいます。お客様と会話をしたい、接客をして気持ちよくなった欲しいということが自己表現の人もいます。データエントリや事務的な仕事をすることや、掃除をすることが自己表現だという人もいるでしょう。それぞれの性格によって、どんなことが充足感をもたらすのかは違ってくるはずです。

セムコ社のマネジメントは、まさに全ての従業員に自己表現の機会を提供し、徹底的に満たしてくれるやり方であると思います。こんなすばらしい企業を作り、現在も維持しているセムラー氏に敬意を表したいです。

この本の中で、元GEのジャック・ウェルチ氏の「下位10%のパフォーマンスの従業員はクビにする方針」を断罪している箇所がありましたが、このくだりは圧巻です。

ぜひ、皆におすすめしたい本です。

Michale Bubleにハマってます。

彼はカナダ人、名前の発音は「ブーブレィ」のレを強調します。
アメリカではかなりメジャーです。「最近の曲が良く分からない」という人も、彼の曲はちゃんと良い曲として聞けるはず。Mixiに266人しかファンがいなかったので、ビックリしました。

彼は、絶対日本でもヒットすると思います。
ぜひ、注目してください。



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