Midtown Report

ビジネスと人間に関する発見と考察 from Los Angeles & New York

August 2006

日本のニュースをYahoo!の記事でよく見ていますが、ボクシングの亀田選手のニュースが最近多いように思いました。私は試合すら見ていませんので、何が起こったのかわからないのですが、どうやら疑惑の判定だったらしい、ということですね。

YouTubeにたくさん映像があって、あまりにも映像が多く、どんなことを議論しているのだろう、と興味を持ちました。

そこで、少しニュース映像や、ワイドショーの映像を少し見かけたのですが、内容を見て驚きました。

あれは、対戦相手の選手の勝ちだったとか、八百長だとか、選手の態度が悪いとか口のきき方が悪いとか…。

不毛なおしゃべりが、大半を占めていて、うんざりしました。
そんなことを延々と話して、何かのためになるのでしょうか。

テレビに出ている人たちが何に怒っていて、何を達成しようとし、どんな可能性や結果を生み出そうとしているのかが、正直理解できません。


ある選手が、全力をかけて戦った。相手選手も全力で戦った。
両方とも、力尽きるまで戦った。
見ている方は、感動した。
それ以外に、リアルなものは、何もないと思うのですが。

私は、誰からも逃げられない場所で、真剣勝負を挑んでいる人の姿を見る方が、刺激を受けます。
Monday Morning Quaterbackにはなりたくないものです。

昨日は、今月の一旗会の会合があり、「仕事術」について話しました。

私はもともと極めて要領の悪い人間なので、それをいかに改善しようとしているかを、以前このブログに書いたようなネタを交えながら話しました。

他に話をシェアしてくださった方の中で、興味深かったのが、Kさん1日の使い方の話。以前、Time紙に載っていた記事を持ってきてくださいました。

それによると、一日の人間のバイオリズムによって、クリエイティブな仕事に集中できる時間帯、問題解決に適している時間帯、集中できない時間帯、元気を回復している時間帯があるというのです。

その時間帯が何時から何時であるかは、その人が"Morning Person"(朝型人間)か、"Night Owl"(夜型人間)であるかによって違うというのです。

私は、最近は5時半に起きる時もあれば、8時に起きる時もあり、あまり規則なく生活をしています。しかし、確実にいえるのは、朝はかなり集中しやすいということです。昼ごはんを食べて、1時 - 2時ごろは、やる気が途絶えていることがよくあります。

この時間表によると、昼過ぎは、朝方人間も夜型人間も、集中するのに適していない、らしいです。「それじゃ、みんなで昼寝すればいいんだ」なんて言った人もいましたが、あながち間違っていないと思います。事実、昼寝を奨励して、社員に集中力を回復させる企業もあると聞きます。

たまに、重要な案件が入っていると、朝から晩までピリピリ状態が続いて、仕事がはかどることがあります。
そういう状態を経験しているだけに、私は、集中できなくなると、ひたすらモチベーションの上がっていない自分を責めたりしていましたが、こういったバイオリズムも考慮に入れるべきかもしれない、と思うようになりました。

集中できないものはできない、と割り切るのも、賢い仕事術なのかもしれません。

オリコンチャートでは、こんなランキングもとりあつかっているらしいですね。

顧客満足度の高い英会話スクールベスト10

http://english.oricon.co.jp/rank/index.html

1位は、7アクトになっています。
私は、このランキングの中では、7アクト(新宿)、ベルリッツ(新宿)、イーオン(自由が丘)を利用したことがあります。Gabaは、体験レッスンだけ行った覚えがあります。

7アクトは料金も安いし、講師も選べるという点では、非常にいいですね。
あと、「質の良い英語教育を安く」という企業の理念に共感できるし、それによる実利もあるので、応援したい企業の一つです。

講師全体の平均的な質という意味では、私の場合はベルリッツがおすすめです。
ある程度、英語が上達すると、先生が「この生徒は大体しゃべれるから、間違ってもいいのでもっとしゃべらせよう」と思って接してくるわけですね。
そうすると、自分がどんな間違いをしているかがわかりません。
しかし、ベルリッツの先生は、けっこう細かいところまで突っ込んで、間違いを指摘してくれていた覚えがあります。あまりに細かいので、途中でキレそうになったこともありますが(笑)。

英語の勉強を本格的に始めたのが5年前、自由が丘のイーオンに通いはじめた頃ですが、とても良い先生にあたり、いろいろ個人的に書き物を見ていただいたりしてました(今見るとひどい作文です)。会話力が0だったのですが、ずいぶん励まされて、その気になれたと思います。あの先生には今でも感謝してます。

私の英語力が最も伸びたのは、リンガフォンという英会話学校に行っていた時なのですが、この中には入っていませんね…。
回数券制で、フォローアップが少ないからなんでしょうか。営業員による販売、というのが好かれないのかも知れませんね。


まぁ、最終的には優秀な講師と、どれだけやりとりできるかが、英会話学校の生かし方の分れ目だと思うので、ここは人それぞれでしょう。

いろいろな人間関係やビジネスの本を読んできましたが、共通して書いてあることが、「自分が話すのではなく、相手の話を聞け」「良い聞き手が、良いビジネスマン」だということです。

話すよりも、聞く方が難しい。聞くことで、初めて相手が心を開いてくれる、その上で、相手は初めて自分の言うことを聞いてくれる、というのです。

この話を初めて聞いた時には、「なるほどなぁ。確かに聞くことって重要だなぁ」と思い、(もともと話すのが苦手だったのもあり)人の話を意識して聞くことが多くなったように思います。

しかし、考えてみると、「聞くことが大事」ということをあまりにも考えすぎていたため、いつの間にか、他人に対しても「私の話をまず聞くことが大事なんだよ」という態度をとるようになっていました。

このジレンマに気づいたのが、ユダヤ人元ボスの忠告を聞いた時。

ある時、ボスが私のところにやってきて、「セールスの心得」について語り始めました。ボスは、「いいか、Jimmy。セールスでは、まずお客さんのいうことを聞くことが大事なんだ。営業マンは自分から話をしてはならないんだ」と言います。

自分は、それを知っていたので、「セールスは聞くことが大事なのは知ってるし、わかっているよ」と言おうとしました。そうすると、ボスは私の言葉をさえぎって、「Jimmy、人の話を聞かなくちゃいけない」そして、滔々と「聞くことの重要さ」について自分の経験を交えて語り始めます。

それを聞きながら、「またその話か。もう聞くのが大事ってことは、わかってるんだけど…」「この人はわかってないなぁ…まず最初に人の話を聞くのが重要なのに…」などと思っていました。でも、よく考えると、そう考えながら全くボスの言うことを聞いていない自分がいたことも事実です。

この情景を後から考えて、実に奇妙なのは、「聞くことが大事」という会話をしているのに、ボスは私の言うことを聞いていないし、私はボスの言うことを聞いていない、ということが起こっていたことです。

一方からは、誰にも聞かれない言葉が、ただ一方的に口から出てきて、もう一方は、一人で頭の中で対話しているという、何の生産性もない状況が、そこにはありました。

こういうことって、よく起こりますよね?


最近は、自分が「それでも聞こう」という姿勢を持つことによって、コミュニケーションはがらりと変わるんだということが本当にわかったような気がします。まぁ、実践はまた別の話なので、苦慮することも多いですけどね。

田中康夫長野県知事が落選したことを知りました。

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 任期満了に伴う長野県知事選は6日投開票され、新人で元防災担当相の村井仁氏(69)が、現職の田中康夫氏(50)を破り、初当選を果たした。県議会の不信任、知事失職に伴う前回出直し選挙で大勝した田中氏の勢いは影を潜め、県議や自民党県連などが推す村井氏が「反田中票」を結集した。投票率は投票率は65.98%で前回73.78%を下回った。
 選挙戦では、県議会との対立が続く田中氏の県政運営手法の是非に加え、告示直前の豪雨被害で災害対策を含めた公共工事への対応が争点に浮上した。
 自民党衆院議員だった村井氏は郵政民営化法案に反対して政界を離れたが、難航した候補選びの末、県議らの要請で告示直前に出馬表明。自民、公明両党が県レベルで推薦し、連合長野、業界団体も結集。田中氏の県政運営を「独断専行」などと批判。反田中票を集めて出遅れをばん回した。
 田中氏は2期6年の財政健全化の実績を強調し、「改革を後戻りさせてはならない」と訴えた。また、「木製ガードレール」を例に県内の循環型経済や地域雇用、環境配慮を掲げた。序盤は豪雨対策の公務を優先したが、中盤から活発に運動して無党派層に支持を呼び掛ける一方、終盤には共産党の支援も得て、巻き返しを図ったが及ばなかった。【江連能弘】

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賛否両論のある人でしたが、少なくとも、私は「自分の言葉」を持っていた人だと思います。必ずしも、彼の考えに全面的に賛成ではありませんでしたが、彼自身が、自分の考え、自分の信じるものに対して信念を貫き、他の人を巻き込んでいく様は、見事でした。

記者会見での敗戦の弁は、全くの素の状態をさらけ出していて、潔く、すがすがしいものであったと思います。

仕事をはかどらせる上で、一つ重要な要素が、自分への信頼だと思うんですね。

自分を信頼しているからこそ、タスクリストを作成した時でも、「これを何としてでも達成しよう」という意欲がわくと思うんです。

その時に大事なのは、「自分への約束を守る」ということだと思います。
人に対する約束を破ったら、その人からの信頼を失いますよね。
同じように、自分への約束を作ったのに、それを守らないと、自分はどんどん力を失います。

逆に、一つ約束を作って、それを守り通すと、自分を信頼できるから、また多くのことを自分に任せてみよう、というプラスのエンパワーメントの循環が起きると思うのです。

私は、とりあえずこのブログを1年間毎日分(365日分)の記事を書くということを決意していますが、過去一週間は、更新がしばらく止まってしまいました。まとめ書きということをよくやっているので、それでもかまわないのですが、日を追うごとに更新していないことへの罪悪感が自分を苦しめます。

もちろん、仕事が多く舞い込んできて多忙であったとは自分で思ってはいますが、それが何の理由にもなっていないことは、自分が一番よくわかっています。

別に、他の人と約束をして書いているわけではないので、ポリシー自体を変更しても、誰も困る人はいないのですが、自分が自分に対して行った約束を破りつつあるという現実が、否定しようもなくのしかかってきたわけです。

そんな時に有効なのは、とにかく自分に対して誠意を見せること。
少なくとも、形だけは何としてでも成果物を自分に提出することで、自分に安心感がでてきます。


現在は、このブログもやっと今日の日付に追いついて、非常に自信がついてきて、力が沸いてくるのを感じます。

今日も、たくさんの仕事がこなせそうです。

それって、理由になってるの?…と思うことってよくありますよね。

たとえば、古典的な例では

「なんで宿題を忘れたんだ」
「宿題はやったんですけど、持ってくるのを忘れました」

やってきた宿題を提出することがコミットメントなのに、持ってくるのを忘れましたとか、犬が食べてしまいましたというのは理由になっていません。


大人になると、これが段々と巧妙になってきます。

「年末は仕事には来るの?」
「年末は実家に帰らなくてはならないため、行けません」

年末だろうと何だろうと、来ようと思えば来られますよね。実家に帰るという、「自分ではコントロールできない(ように見える)こと」に、自分の選択責任を放棄しているわけです。

「仕事は自分にとって大事だが、年末は実家での時間が、仕事よりも大事だ。だから、私は帰ることを選択する」と会話ができれば、どんなにすばらしいコミュニケーションになるでしょうか。


国家レベルでは、ひどいことが起きます。

「なんでイラクを攻撃するの?」
「大量破壊兵器を持っているし、テロリストを養成しているからだ」

大量破壊兵器を持っていて、テロリストを養成しているのは許せないにしても、だから攻撃を始める、というのは理由になっていません。
結局、やりたいことがあるのに、それを何か違うもののせいにしているから、聞いている方としては、違和感があるわけですね。



ついつい、自分の口からも、「○○だから、××できない」とか、「私は△△な人間だから、○○する」などと口走ってしまうことがよくあります。


しかし、余計な理由づけなど、何の意味もないんですね。
全ては、自分の自由な選択と、その結果が待っているだけだと思います。

最近は仕事が増え、大変忙しいですが、なんとか時間を作って夜中にまたDVDを見ました。

シュリ


以前から見たいと思っていたので、見ることができて良かったとおもいます。
朝鮮半島の南北問題をからめたアクション映画ですが、傑作です。

プロット自体に意外性はないものの、しっかり構成が作られていて、物語に引き込まれて、最後まで見切ってしまいました。


韓国映画では、JSAや、シルミド/SILMIDOなどを見たことがありますが、共通して言えるのが、「ハッピーエンドはない」ということ。

映画の中で、ほほえましいシーンがあるたびに、哀しいエンディングの布石のような印象を受けて、切ない気分にさせられます。これは韓国と北朝鮮との根深い問題が前提として横たわっているからで、他の国の映画では絶対に醸し出せない特別な情感だと思うんです。


両国を、個人個人の気持ちのレベルで見ると、つながってはいるんですが、それぞれの背負っている国の大義によって、その人たちが引き裂かれていく様子が実に痛々しいのです。

私はLOSTのサン役で、初めてキム・ユンジンを知りましたが、この映画でも、もの哀しさと内に秘めた強さを表現していて、好印象です。

おすすめです。

自転車を盗むのがいかに簡単か、ということを実証した"Neistat兄弟"という人たちがニューヨークにいます。

ニューヨーカーは、自転車を縛りつけておく際に、太く重たいチェーンをがんじがらめに巻きつけます。

一見、こんな太いチェーンで巻きつけられたら、盗むすべなどないのではないかと思ってしまいますが、実は簡単らしいのです。

その方法は、「堂々とチェーンを切る」ということ。兄弟は自転車を盗まれた経験に嫌気がさしたので、これがいかに簡単かを説明するための短編フィルムを作成しました。

手を使うのこぎりで、街角にある自転車のチェーンを切った所、何分立っても、誰にも、何もいわれません。これは都会の盲点かもしれません。誰も、他の人のやっていることに注意を払わない、ということでしょうか。

さらに、兄弟は電動ノコギリを使ってチェーンを切ります。

騒音と火花を撒き散らしても、誰も止めようとするものはいません。
その姿が、自転車を盗んでいるようには見えないからです。

本当に怖い犯罪というのは、こういうものなのかもしれません。
一見、何の疑問ももたない行動の中に、強い悪意が含まれていることなど、なかなかわからないです。


最後に、この兄弟が、自転車泥棒をFoxニュースでデモした時に悪ふざけをして、キャスターにキレられた時の映像が、こちら。

http://youtube.com/watch?v=nWHYSNghnZY

マクドナルドの"アジアンサラダ"というメニューを、妙に気に入っているため、時々マクドナルドに行きます。

日本からアメリカに来ると、誰もが実感することですが、ファーストフード店員の業務処理速度は一般的に極めて遅いです。

嫌がらせかとこちらが思ってしまうほど、ノロノロ歩き、動作も非常に緩慢です。
笑顔もありません。まるで、お客が目に入っていないようです。

日本でも無愛想な店員はいましたが、処理の速度という点では、平均的に高速であったように思います。

何がこの差を生んでいるんだろう、と思ってしまいますが、やはり日本人は小さい頃からの教育を通して、「人様に迷惑をかけてはならない」「他の人を失望させてはならない」という意識が(良くも悪くも)浸透しているために、ここまでの差を生んでいるんじゃないかと思います。

そういう意識を持った人たちが、日本中のどこに行ってもいるし、彼らが日々の企業活動の中で、切迫感をもって物事にあたっているから、日本は高い水準のモラルと商品・サービス品質を保っていられるのかなぁと思います。


しかし、ファーストフードの店員だからといって、つまらなそうに仕事をするのは、もったいないですよね。良い接客をすることで、創り出せる喜びもあるはずなのに、笑顔一つ見せられないのは、痛々しいとさえ感じます。

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