成功者というのは、「表舞台」に出て、目立って、いろんな雑誌からインタビューされて、本を書いて、テレビに出て、お金をたくさん稼いで、名声を得ている、というのが私のイメージでした。
しかし、そんな私の価値観が根底からまっさかさまに覆された、ある「出会い」がありました。
コンサルティング会社に勤めていたとき、いろいろな人に出会いましたが、最も衝撃を受けた人物がいます。
ある物流企業の社長です。
なんとこの企業、Googleで検索しても、一件も検索結果が出てきません。それほど、極めてマイナーな物流企業なのです。正確には、完全に独立した物流企業ではなくて、ある有名メーカーの物流子会社なのですが、この会社自体は、物流業界雑誌にもほとんど登場しないほどの無名企業です。
それは、あるプロジェクトで、物流企業の事例調査をしている時でした。
プロジェクトのアドバイザーが、「○○物流を見に行くといいよ」とアドバイスをくれました。
このアドバイザー、きわめて現場をよく知っている優秀なコンサルタントだったので、私は非常にこの企業を見に行くことを楽しみにしていました。
プロジェクトのマネージャーと一緒に、新幹線で大阪の近くへ降り立ち、その企業を訪問しました。
事務所の中に入ると、十人ほどの社員は総立ちし、挨拶をしてくれました。
社長室に通されて、私は衝撃を受けました。紙がないのです。
だだっ広い机の上には、パソコンとプロジェクタがあるだけ。
作業服を着た社長は、ニコニコしながら、「紙はムダになるからね。ウチはペーパーレスを徹底してるんだ」と説明をして下さいました。
プロジェクタに映し出されたパソコンの中身を見ると、徹底されたカテゴリ分類とフォルダ管理。
ファイルの名称のつけ方も、統一化がとにかく徹底されています。
彼が、物流の責任者になってからの、業績の経緯を、チャートを使って説明してくれました。
チャート等を見ると、ものすごい業績の回復ぶりです。彼は、まさに革新的な業務のやり方を、10年以上もの歳月をかけて、会社にもたらしたようです。それは、彼の自信に満ちた語り口からも、資料の緻密さや、事務所の管理方針からも感じ取れます。何度か企業訪問に行ったことがありましたが、ここまでオペレーションの管理が徹底されている企業は正直みたことがありませんでした。
どんな風にリストラを行ったか、どんな風にオペレーション改善を行ったかを、一通り説明した後、その社長はボソっと言いました。
「このコスト削減は、どうしても前からやりたかったんだよね。で、もう自分のやりたいことは終わったから、私の上司に辞表を提出した。もうそろそろ私は引退しますよ」
これを聞いて、私は衝撃を受けて完全に動けなくなりました。理解できない…。
この人は、もっと栄光を作ろうとは思わないのか?
ここまでの業績を残した人なら、もっと出世できるはずだ。表舞台に立ってもいいはずだ。この会社で運悪く上のポストがなくても、メディアに出て、成果を披露すれば、もっと個人的に儲かるような話も舞い込んでくるだろうし、本も書けるはずだ。
まだお若いようだし、物流のコンサルタントにでもなれば、それだけでも今より収入が上がるのでは?
なぜ、この人はこれで満足なのだ?
「いやー、ずっとやりたいと思ってたんだよね、この改革だけはね」
それだけが行動の動機?
ハッとして思い出したのが、「石を一人で積み立てる人」の話です。
この人は、この仕事に、絶対性を見たんじゃないかと思うのです。表舞台に立って名声を浴びるとか、雑誌でインタビューを受けるとか、そんなことで成功の尺度を測っていた自分は大事な点を見逃していたのです。
彼は、この物流会社のV字回復というミッションを達成することに全力をささげ、そのことに絶対的な満足感を感じていたのではないかと、そう思うのです。
「数年前に、コレステロール値が高いって医者に言われてね」
社長は、ある紙を財布から取り出しました。
その紙には、グラフが描かれていました。会社の業績とは違う「右肩下がり」のグラフです。
「運動不足って言われたから、その日から、毎日雨の日も含めて、毎日事務所まで歩いて通うことにしたんだ。お酒もやめてね。で、ここまで減らしたんだよ」
それは彼のコレステロール値の推移だったのです。
その満足げな、穏やかな表情と、そのグラフを見たとき、私は涙があふれてくるのが、抑えきれないような気分になりました。
誰にも見られず、誰にも知られず、それでも強固な意志を持って物事を完遂することができる、世の中にはそんな人がいるのです。
それを自分自身の虚栄や名声のためではなく、自分の目標を、ただただ全力で達成し、満足と達成感を得るために…。
名もない企業の、地味で無名の社長。しかし、彼は誇りをもって仕事を全うし、結果を出し、今は「し残したことはない」と断言されていました。
こんな仕事ができれば、自分もそれだけで幸福になれるかもしれない。
案外、自己を律して、自己に克つこと、それだけが、人生における勝利なのかもしれない。
そんなことを、深く思い知らされた出会いなのでした。
しかし、そんな私の価値観が根底からまっさかさまに覆された、ある「出会い」がありました。
コンサルティング会社に勤めていたとき、いろいろな人に出会いましたが、最も衝撃を受けた人物がいます。
ある物流企業の社長です。
なんとこの企業、Googleで検索しても、一件も検索結果が出てきません。それほど、極めてマイナーな物流企業なのです。正確には、完全に独立した物流企業ではなくて、ある有名メーカーの物流子会社なのですが、この会社自体は、物流業界雑誌にもほとんど登場しないほどの無名企業です。
それは、あるプロジェクトで、物流企業の事例調査をしている時でした。
プロジェクトのアドバイザーが、「○○物流を見に行くといいよ」とアドバイスをくれました。
このアドバイザー、きわめて現場をよく知っている優秀なコンサルタントだったので、私は非常にこの企業を見に行くことを楽しみにしていました。
プロジェクトのマネージャーと一緒に、新幹線で大阪の近くへ降り立ち、その企業を訪問しました。
事務所の中に入ると、十人ほどの社員は総立ちし、挨拶をしてくれました。
社長室に通されて、私は衝撃を受けました。紙がないのです。
だだっ広い机の上には、パソコンとプロジェクタがあるだけ。
作業服を着た社長は、ニコニコしながら、「紙はムダになるからね。ウチはペーパーレスを徹底してるんだ」と説明をして下さいました。
プロジェクタに映し出されたパソコンの中身を見ると、徹底されたカテゴリ分類とフォルダ管理。
ファイルの名称のつけ方も、統一化がとにかく徹底されています。
彼が、物流の責任者になってからの、業績の経緯を、チャートを使って説明してくれました。
チャート等を見ると、ものすごい業績の回復ぶりです。彼は、まさに革新的な業務のやり方を、10年以上もの歳月をかけて、会社にもたらしたようです。それは、彼の自信に満ちた語り口からも、資料の緻密さや、事務所の管理方針からも感じ取れます。何度か企業訪問に行ったことがありましたが、ここまでオペレーションの管理が徹底されている企業は正直みたことがありませんでした。
どんな風にリストラを行ったか、どんな風にオペレーション改善を行ったかを、一通り説明した後、その社長はボソっと言いました。
「このコスト削減は、どうしても前からやりたかったんだよね。で、もう自分のやりたいことは終わったから、私の上司に辞表を提出した。もうそろそろ私は引退しますよ」
これを聞いて、私は衝撃を受けて完全に動けなくなりました。理解できない…。
この人は、もっと栄光を作ろうとは思わないのか?
ここまでの業績を残した人なら、もっと出世できるはずだ。表舞台に立ってもいいはずだ。この会社で運悪く上のポストがなくても、メディアに出て、成果を披露すれば、もっと個人的に儲かるような話も舞い込んでくるだろうし、本も書けるはずだ。
まだお若いようだし、物流のコンサルタントにでもなれば、それだけでも今より収入が上がるのでは?
なぜ、この人はこれで満足なのだ?
「いやー、ずっとやりたいと思ってたんだよね、この改革だけはね」
それだけが行動の動機?
ハッとして思い出したのが、「石を一人で積み立てる人」の話です。
この人は、この仕事に、絶対性を見たんじゃないかと思うのです。表舞台に立って名声を浴びるとか、雑誌でインタビューを受けるとか、そんなことで成功の尺度を測っていた自分は大事な点を見逃していたのです。
彼は、この物流会社のV字回復というミッションを達成することに全力をささげ、そのことに絶対的な満足感を感じていたのではないかと、そう思うのです。
「数年前に、コレステロール値が高いって医者に言われてね」
社長は、ある紙を財布から取り出しました。
その紙には、グラフが描かれていました。会社の業績とは違う「右肩下がり」のグラフです。
「運動不足って言われたから、その日から、毎日雨の日も含めて、毎日事務所まで歩いて通うことにしたんだ。お酒もやめてね。で、ここまで減らしたんだよ」
それは彼のコレステロール値の推移だったのです。
その満足げな、穏やかな表情と、そのグラフを見たとき、私は涙があふれてくるのが、抑えきれないような気分になりました。
誰にも見られず、誰にも知られず、それでも強固な意志を持って物事を完遂することができる、世の中にはそんな人がいるのです。
それを自分自身の虚栄や名声のためではなく、自分の目標を、ただただ全力で達成し、満足と達成感を得るために…。
名もない企業の、地味で無名の社長。しかし、彼は誇りをもって仕事を全うし、結果を出し、今は「し残したことはない」と断言されていました。
こんな仕事ができれば、自分もそれだけで幸福になれるかもしれない。
案外、自己を律して、自己に克つこと、それだけが、人生における勝利なのかもしれない。
そんなことを、深く思い知らされた出会いなのでした。
