Midtown Report

ビジネスと人間に関する発見と考察 from Los Angeles & New York

日本に行って毎回驚くのが、コンビニの店員や郵便局の職員の手際の良さ。

レジや窓口に誰もいないと、誰か飛んでくるし、モノの手さばきも速い速い。日本に住んでいたら、そんなことすごいと思わないでしょうが、このサービスレベルを空気や水のような感覚で享受し、当然視している日本人だからこそ、まだまだずっと国際競争力を維持できるんじゃないか、なんて思ってしまいます。コンビニ店員の人にはホント恐縮して「ありがとうございます」などと言ってしまいます。

最近、日本の公共サービスの満足度が低い、なんていうニュースを目にしましたが、これはそもそも日本人が満足と感じるレベルが高すぎるので、そうそう満足しない、ということなんだと思います。これは、これでいいと思うんです。

アメリカの郵便局みたいに、窓口の人が、ぶ厚い防弾ガラスの向こうで、隣の職員と談笑していても、もはや何にも感じなくなってしまった私にとっては(いや、その場面に気づいているということは、確かに「何か」を感じているということなのかもしれません)、日本人の平均的モラルの高さは「化け物的」と言って良いでしょう。

ところが、数日前、こんなことが起きました。

CVS Pharmacyという薬局兼コンビニのようなところで買い物をして、76ドルのお釣りを受け取るはずだったのですが、私がそれを受け取るのを忘れて、スタスタと店を出ようとしました。夜遅くだったので、レジ周辺には私しかいませんでした。

そうすると、ラテン系の店員の兄ちゃんが、"Hey sir!!"と言って、走ってかけよってきたんです。私はお釣りを受け取らなかったことに全く気づかず、あのタイミングだったら、彼がそのお釣りを掠めとることも可能だったはず。

全速力で76ドルものお釣りをもって来てくれた彼の態度に、「アメリカもまだまだわからないな」と思わされたのでした。

最近、ちょっと日本に行ってきまして、本を結構読んできました。

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言
著者:中谷 巌
販売元:集英社
発売日:2008-12-15
おすすめ度:2.5
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父親に勧められて読みました。
中谷氏は、私が大学にいた頃、看板教授のような人だったと思います。私は社会学部だったので、学内で見たことはありませんでしたが、政府やメディアでの働きぶりは私もよく知っていました。彼の著作を読んだのは、これが初めてです。アメリカ型の資本主義を日本に取り入れようとしていた著者が自身の誤りを認め、懺悔したのが、本著です。非常に面白い本でした。アメリカに住んでいると、日本の良さがすごくよくわかるので、納得させられることが多いです。
これは、経済書というよりも、比較文化論的な内容として読んだ方が楽しめると思います。ただ、途中のアメリカ人の描写がどうも画一的で、日々アメリカ人と接している自分としてはどうもピンとこないことが多かったのは事実です。Amazonのレビューの評価がいまいち悪いのが気になりますが、前評判が高い書物ほど、こうなりやすいんですよね。


金融危機の本質は何か―ファイナンス理論からのアプローチ金融危機の本質は何か―ファイナンス理論からのアプローチ
著者:野口 悠紀雄
販売元:東洋経済新報社
発売日:2009-01
おすすめ度:3.5
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この本は、今回の金融危機をファイナンス理論から解き明かしています。「高度なファイナンス理論が、今回の危機を招いた」という解釈を排し、今回の危機は、逆にファイナンス理論を利用しなかったために招かれたものだ、と筆者は主張しています。結局、市場リスクを金融商品の価格と格付けに反映できなかったことが問題だと、明快に分析しています。メディアであまりに感情的な議論が先行しているので、私としてはこういう明快な論理で説明してくれていることがありがたいです。


さらばアメリカさらばアメリカ
著者:大前 研一
販売元:小学館
発売日:2009-02-07
おすすめ度:4.0
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以前、コンサルティング会社に勤めていたので、入社当時は大前氏の本を神の本として読んでいました。あの時大前氏の本を読んでいたからこそ、入社3年以内に、IT、英語、財務というサラリーマンの基礎を集中的に勉強できたと思っています。だから、大前氏には本当に感謝しています。しかしながら、この本はどうなんだろう…。かなり独りよがりの主張が目立つような気がします。これも、中谷氏の本と似たようなところがあって、アメリカ人は○○、と画一的にまとめてしまっているところがあり、そういう主張には私は全くピンと来ません。そんな単純じゃない多様性が、アメリカ人の唯一の特徴なのですから。

あと、自身がMITに留学した時には奨学金が出たのに、今はアメリカは外国人に奨学金を出さず、国として懐の深さや寛大さが完全に消滅したと書いてありますが、これはデタラメです。MITやアイビー系の大学なら今でも外国人に市民と同様の条件で奨学金を出します。日本人も、家庭の年収が600万円以下なら、タダでハーバードにいけます。

CNNにまつわるメディアの話も、疑問符をつけざるを得ませんでした。CNNは、ニュース番組の視聴率が必ずしも1番ではないので、なぜCNNを以ってアメリカの代表とするのか、わかりませんでした。たまたまスカイパーフェクTVで自身が視聴しているから取り上げたのでしょうか。アメリカでは、プログレッシブと呼ばれる人たちの番組も台頭してきていますが、そういうことには全く触れていないことに違和感を感じました。

それでも、大前氏の研究熱心さには頭が下がるし、彼の文章の自信満々な感じは好きです。


スティグリッツ入門経済学 <第3版>スティグリッツ入門経済学 <第3版>
著者:J.E.スティグリッツ
販売元:東洋経済新報社
発売日:2005-04-08
おすすめ度:4.5
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これは面白いです…。情報の非対称性を考える、という脳みその訓練ができました。考えてみると、アメリカの学費が急騰したまま、全く下がる兆候を見せないのは、情報の非対称性で説明がつきます。購入者が、欲しいものが何かを定量的・定性的にわかっていない。だから、サービスの提供者が値を上げたい放題、なのです。もっと研究してみたい、と思わせてくれました。


徹底抗戦徹底抗戦
著者:堀江 貴文
販売元:集英社
発売日:2009-03-05
おすすめ度:4.0
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堀江さんの徹底抗戦。堀江さんの本は、彼が逮捕される前にほとんど読んでいました。彼の著作を読むと、あんな犯罪を起こすほど彼は頭が悪くないことがわかります。事件が起きたときには、「まぁ、堀江さんには悪意はなかったんだろう」と思いました。あまりにも真っ直ぐな人なんだと思います。この本は彼の立場から事件の経緯が書かれていて、非常に興味深いものでした。個人的には、最高裁で無罪判決が出ることを願ってます。


あと5センチ、夢に近づく方法―渡邉美樹が戦いながら身につけた起業論 (祥伝社黄金文庫)あと5センチ、夢に近づく方法―渡邉美樹が戦いながら身につけた起業論 (祥伝社黄金文庫)
著者:渡邉 美樹
販売元:祥伝社
発売日:2006-07
おすすめ度:4.5
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和民の渡邉社長、ホント尊敬してます。

先日、ふと思い出して、押入れの中から、こんなものを取り出してみました。



これは、3年前に、大学の後輩Nが、ニューヨークに私を訪ねてきたときに、「日本のおみやげですよ」と言ってSMAPのシングルCD『ありがとう』と一緒にくれたものではないか。

「とてもありがたいけど、これを使う機会はないよなぁ。『日本』『闘魂』だぞ?」

そう思っていたのですが、そういえば、明日は…!!!



ということで、日本の皆さん、ワールドボール・ベースボール・クラシック対キューバ戦、『日本』『闘魂』で応援してきます。
明日は、San Diegoで、はるばるワシントンDCから飛んできた、大学の同期A氏と合流。

テレビで万が一見かけたらコメントしてください。

この映画は、3週間くらい前に見ました。
主演は、ミッキー・ローク。助演、マリサ・トメイ。

70年代に有名なレスラーとして活躍した主人公。
過去の栄光にすがりながら、老いた体にムチ打って、なお現役レスラーとして、小さな町のリングで奮闘します。お客さんのためには、自分の体をムチャクチャに傷つけても、戦います。
全てを失ったこの男に残されたものは…という物語です。

実に感動的なドラマです。
主人公の息遣いや苦悩がそのまま観ている側に響いてきます。

ベンジャミン・バトンの後に見たのですが、これを見た時は、「アカデミー賞の主演男優賞はミッキー・ロークだ」と確信しました(実際にはそうなりませんでしたが、それについてはまた後で書きます)。

おすすめです。

営業・マーケティングというのは、実に奥が深いです。

私にとって理想的なマーケティング活動というのは、「摩擦を極小化すること」。つまり、誰かが不愉快に思うことや、コミュニケーションの時間のムダを極限まで小さくしたい、と思っています。

そういう意味で、自分が今行っているマーケティング方法は、「ある程度」それを実現しているのではないかと思っています。

広告で興味深そうなことを宣伝することで、お客様をセミナーに呼ぶ。セミナーで知識を得て、もっと個別に分析してもらいたい方は、個別のコンサルティングにお越しいただく。コンサルティングでは、お客様にとって役に立つ情報を提供する。もし、お客様が気に入れば、私のオファーする商品・サービスをご利用いただく。

ここまで、あまり摩擦がない。
お客様がこのプロセスの中、進みたいだけ、足を進める。こちらは、オファーするものはして、特に無理にモノを売りつけたりしない。ここに、美を見出すわけです。

ところが、ことはそう簡単ではない、と思わせられることがあります。

お客様にとって、「必要だが、欲していない」ということもあるわけです。お客様が「その商品は欲しくない」と言ったとしても、その人にとって「必要なもの」であれば、それは購入すべきだと思うわけです。

ここで、アグレッシブな営業マンだったら、「その商品が、その人にとっていかに必要か」ということを一生懸命説明すると思います。そして、その説得に負けて商品を購入した消費者が、「買ってみれば、良い商品だった」ということもあるでしょう。特に保険商品などでは、こういうことが結構起きます。消費者は、この営業マンが積極的に売ってくれたことを、感謝するでしょう。この見極めは、結構難しいものです。

私は、今の時点では、「無理に説得すること」を極力減らそうとしています。お互い時間のムダだと思うし、欲してもいないものを無理に説得することを虚しいと思うからです。しかし、これが本当にお客様のためになっているのかどうかが、自分でも疑問です。

たとえば、私があるサービスを提案します。ところが、お客様は「まだ必要ではないので、後でお願いします」とおっしゃる。私としても、そのお客様にとってこのサービスが今必要なわけではないので、無理に勧めたくない。「わかりました。ではまた必要な時にお電話ください」と言って会話を終える。

ところが、お客様にとって事態が深刻化し、もう手遅れになった時に、私のところに連絡が来ることがあるわけです(これが、実は結構な頻度で起きるんです)。その時には、私は、「できるだけのことはしますが、もうちょっと早く準備をするべきでした」と言うしかありません。こんな時、私は「もうちょっと、手遅れになる前の時点で、自分がもっと強く言っておくべきだったのでは」とも思うわけです。

「無理な売り込みはしません」と言って、売り込みに見えることを極端に避けようとする営業マンがいたりしますが、同じセールスの文句が「売り込み」に聞こえるか、「機会の提供」に聞こえるどうかは、全て消費者の主観によるものです。

セミナーで私が「ぜひ弊社のコンサルティングをご利用ください」と言っても、人によっては「自分の役に立つことを個別に教えてくれるなんて、なんとありがたい。ぜひお願いしたい」という人もいれば、「コンサルティング?そんなこと言って、どうせ何か売り込んで来るに決まっているだろう」と思う人もいるでしょう。

なるべく後者のような感想は持って欲しくはないわけですが、そう思う人がいたとしても、それは仕方のないことです。問題は、そう思う人に対して、それでも「無理な売り込みはないから、とりあえずコンサルティングは役に立つから受けた方がいい」と言うか、「わかりました。では、また必要な時にどうぞ」と言って電話を切るか。今は、圧倒的に後者です。

一ヶ月ほど前、雑誌社の方から電話がかかってきて、その担当者はいきなり「○月○日号に広告を出しませんか?」と言ってきました。これは、明らかな売りこみと私は感じました。それでも、私は"わかりました。やりましょう"とその場で返事したんです。

その売り文句が、機会の提供として、聞こえてきたからです。もし、その営業マンが、「邪魔するのは悪い」と言って、私のところに電話していなかったら、私の広告は日の目を見ることはなく、それによって、私は会っていたはずのお客様とも会えなかったはずです。私の提供する情報を知ったことで、彼らの人生に引き起こされたはずの違いが、生まれなかったわけです。それを考えると、断られるリスクがありながら私に電話をかけてきた営業マンの方を賞賛したい気分です。

コールドコールは迷惑だからやるな、なんて言う人もいますが、新しい価値を生み出して、普及させた人たちの中には、強烈なコミットメントを持ったコールドコーラーがたくさんいたのも事実です。

事実、私も、電話で営業されて、その場で購入を決断をした例はいくつもあります。


…だんだん、書いてきて、何が大事かが、見えてきました。

おそらく、自分は自分に意識が向きすぎているのかなと。自分のしゃべりが、どう聞こえているかを、気にし過ぎているのではないかと。「何か売込みっぽく聞こえたら嫌だな」なんて考えている自分がまだいるのを感じます。そんな所から会話をして、意識が「自分」にある限り、ダメですね。

自分の意識を、100%「相手」にフォーカスさせること。「自我」を脱し、自分のコミットメントに、立ち位置を置くことに真実があるのかなと。「相手」のためだったら、厳しいことでも、何でも言う。売り込みに聞こえようが、言う。でも、あくまで礼儀とのバランスをとる。

その世界には、もはや「セールストーク」も「売り込み」も何も存在しない、純粋なコミットメントが、あるだけなのかもしれません。これこそ、究極の美ですね。

昔、学生時代に就職活動をしていた頃、よく面接で、営業職志望の学生が「私は、新しい人と会うのが好きなんです」なんて言っていました。私は、そんな学生達がうらやましいなぁと思っていました。

なぜか。私は「人と会うのが好き」なんて、思ったことがなかったし、むしろ新しい人と会うなんて面倒だし、うっとうしくてしょうがないと思っていたからです。

そんな自分も、この年になって、段々人と会うのが楽しくなってきました。Facebookをやっていますが、ものすごいペースで友達が増えていっています(現在350人)。年齢・性別・人種・嗜好に関わらず、やっと自分も「新しい人と会うのは楽しいな」と本気で思うようになってきたのです。これって、結構すごい変化だと思いませんか。

以前紹介した映画プロデューサーのJonもそうですが、本当にいろんな世界でがんばっている人達と会うことができて、面白くて仕方がないのです。アメリカは、自分の好きなことを追い求める人や、人生にポジティブな姿勢を持っている人が非常に多いです。成功の度合いはそれぞれ違いますが、そういう人が多い環境に自分がいることをありがたく思っています。

今日は、面白い出会いを一つ発見。

過去3ヶ月間ほど、「インテグリティ」という週一回のセミナーをとっていたのですが、今日が最終日でした。

今回のセミナーを通じて仲良くなったのが、レイチェル。
マリナ・デル・レイという所でインテリアデザイナーとしてがんばっている女性です。

今日最後に、私が日本に住んでいた頃の話をしたら「あれ、ジミーって日本に住んでいたの?ミスタードーナツって知ってる?」と聞かれます。

ああ、ミスタードーナツか。日本人なら誰でも知ってるよ。

「あれ、ウチのおじいちゃんが作ったの」

…ウソ…。

「一度だけおじいちゃんと日本に行ったことがあって、日本の人たちはホント私達の家族に良くしてくれて、私は今でも日本人を特別に尊敬してるのよ」

ふーん。そういえば、ミスタードーナツってダンキンドーナツと同じ家族で創業されたんじゃなかったっけ?

「そうそう。私のおじいちゃんは、ビル・ローゼンバーグと言う人とダンキンドーナッツをはじめたの。で、私のおばあちゃんと、ビルの奥さんが姉妹で、最初はとても仲良くやっていたんだけど、途中から意見が食い違ったらしくて」

「で、アメリカの会社は買収されて、もうミスタードーナツはなくなったけど、日本にはまだあるのよね」

「ミスタードーナツのロゴの顔、おじいちゃんの顔だから」

へー。こういう人がその辺にいて、会えて、話ができるということが面白いです。

最後に、ダンキンドーナツも日本に進出したんだけど、失敗したんだよねー、と言うと、レイチェルは「本当?」と一言。

彼女がちょっと満足げにニヤッと笑ったのを、私は見過ごしませんでした。

ストリートビューで小平市を探検した話を書きましたが、もともとは、Mr. Childrenの歌を聴いているうちに、昔のことを思い出して、小平の情景が浮かんだことから、ちょっと見てみたくなったのです。

CDの棚を整理していたところ、「売上アップ云々」、と書かれたビジネス系のDVDがあって、「そうだ、これを久しぶりに見てみよう」と思ってケースを開いたところ、DVDではなく、ミスチルの"Atomic Heart"というアルバムCDが入っていました。

CD管理の悪さを露呈したわけですが、それは置いておいて、久しぶりにOverやらCross Roadやらを聴いてみると、よく聴いていた頃の情景がよみがえってきました。

Mr. Childrenの曲は何がいいのか、といえば、やはり歌詞がいいと思うんです。
愛とか夢とか希望とか歌う人がいたりしますが、ミスチルはそういうことについて歌っても「こんなこと表面上は言ってるけど、裏では実はこんなこと考えてるんだ」みたいな、普段人が言わないような、隠したいと思うようなことまで見事にさらけ出して詞にしてしまってるところがすばらしいと思うんです。

…って、こんなこと、ミスチルファンなら、誰でも知ってることで、改めて言うまでもないんですが、その表現の仕方とか、「今の自分の全てに正直であろう」という真摯な姿勢は、すごく憧れるんですよね。

自分について完璧で美しいことばかり言ったり、なんとなく聴き触りの良いことばかりを言ったりするのではなくて、実は裏でどうしても持っている欲望だとか、適当さだとか、劣っているところだとか、そういうことも全部含めて自己表現できる、という所に自由さを感じます。しかも諦めや絶望だけに終わるような青臭さがなくて、「それでも生きていくんだ」というような、いつも新しい道を模索しようという姿勢が伝わってくるんです。


完璧な言葉ばかり並べる人は、嘘くさいと思うんです。例えば、政治家というのは、完璧なことばかり言う人達の代名詞だと思うんです。相手の政党がAと言えば、自動的にBと言い、相手は100%間違い、我々は100%正しいと。私に投票すれば、明るく開かれた未来が待っていると言うわけです。

誰も、自分の欠点なんて述べないですよね。いつも万人に完璧な自分を見せなくちゃいけない。そういうところに、ものすごく大きな嘘くささを感じるわけです。
だから、逆にマスコミだとか、解説者だとかが、「あの政治家はあんなこと言っているが、裏では利権がからんでいる」「今回の発言は、選挙を前にして〇〇層にアピールする狙いがある」なんて解説をいつも加えなくちゃいけない。

麻生さんが小学校を訪問したら、「これは庶民派としてのアピールだ」とか「またこれは彼のパフォーマンスだ」などと周りは思うわけです。だから、本人がアピールのつもりでも、全くアピールになっていない。支持率は下がる一方です。これは、下心を隠しているように見えるから、余計に白々しいわけです。政治家という職業の構造上、これは仕方なく、個人の責任でないとも言えます。

でも、そんな場面で、もし麻生さんが「僕は小学校訪問しているけど、これは実はアピール目的で、本当は小学生になんかこれっぽっちの興味もない。でも、小学生に会ってみたら、エネルギーがたくさんあって、触発された」なんて本音を自分の言葉で言ってくれれば(これが本音なのかは知りませんが)、少なくとも見ている側は、「表裏がないんだな」と思って彼の言葉に対する信頼度は増すと思うんです。

オバマ大統領は、そういう意味でやはり非常に成熟していると思います。「自分は完璧じゃない。国民の努力と忍耐なくして変革はありえないから、力を貸してくれ。共和党も正しい意見だったら、取り入れるから出してくれ」と言ってのけるオバマ大統領は、嘘くささがありません。2人の閣僚が税申告問題で辞職しましたが、その人事でも言い訳せずに"I screwed up"(「私の大失敗だった」)なんて言えちゃう人なんです。やはりこういう姿勢だからこそ、多少失敗しても(現在もたくさんの失敗を毎日しているように見えます)、国民からの本当の信頼を得られていると思うんですよね。

ビジネスマンでもそうです。どっかからコピー&ペーストしてきたミッション・ステートメントを掲げたって、本当にその人がそのことを思っているのかな、と人は疑ってしまうわけです。中には、名経営者の言葉をそのまま引用して社是にし、その割には顧客ないがしろで金儲けばかり考えている人もいます。それだったら、「稼ぐが勝ち」と誰に対しても表裏なく言えてしまう元ライブドア社長の堀江氏の方がよっぽど軸にブレがなく、人として信頼ができます。

ドロドロとした裏の心を全部さらけ出して、それで太宰治みたいに「生きててすいません」みたいに圧倒的にネガティブな結論に落ち着くのも困りますが、彼は「走れメロス」のような理想の友情も描いたわけで、「負の部分もあるけど、がんばっていこうよ」みたいなベクトルの向け方にはすごく共感します。

自分のブログでも、本当は自分のうまくいっていることだとか、自慢話だとか、楽しいことばかり書きたくなってくるんですが、いいところも悪いところもなるべく全部出そう、という努力は、これでもしているつもりなんです。表現と言う意味では、まだまだ学ぶ点ばかりだと思っています。


話をミスチルに戻します。

ミスチルの歌は、年を経るごとに、どんどん世界観が変化しているなぁ、というのを、ファンなら誰もが感じると思います。紅白歌合戦には出場しない、とずっと言っていたのに、昨年末は出場していました。紅白に出ない、というポリシー自体が、彼らにとって意味のないこだわりに変化したのかもしれません。

そういえば、自分としては珍しく、この前、音楽雑誌を買いました。
桜井和寿氏のインタビューが載っていたからです。

ROCKIN'ON JAPAN (ロッキング・オン・ジャパン) 2009年 01月号 [雑誌]ROCKIN'ON JAPAN (ロッキング・オン・ジャパン) 2009年 01月号 [雑誌]
販売元:ロッキング・オン
発売日:2008-12-20
おすすめ度:5.0
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紅白のことについては書いてありませんでしたが、デビュー以来のアルバムとその世界観の変遷が、桜井氏自身の口から語られている、貴重なインタビューがこの雑誌に載っています。表現者としてのエゴと、ファンの満足を満たすことを、同時に達成しようとしているんだなぁと、納得しながら読みました。


最後に、

「ミスチルの(シングル以外で)この曲ちょっといいんじゃないの・個人的ベスト10」

1. ティーンエイジ・ドリーム(I〜II)<Kind of Love>
2. 彩り<HOME>
3. Over <Atomic Heart>
4. 星になれたら<Kind of Love>
5. ありふれたLove Story 〜男女問題はいつも面倒だ〜 <深海>
6. Everything is made from a dream<Q>
7. ラララ <DISCOVERY>
8. もっと<HOME>
9. one two three <It's a wonderful world>
10. 幸せのカテゴリー<BOLERO>



いいのかな、これリンクして…?

Google Mapsのストリートビューで、東京都小平市を探検しました。
小平市は大学時代に4年間住んでいた場所。

あ、龍園だ!もとき(定食屋の名前)だ!と頭の中で叫びながら大学時代に歩いた、見慣れた道路を徘徊。
そうだ、昔住んでいたアパートに寄ってみようと思い立ち、玉川上水を西へ西へ。

西武国分寺線を過ぎ、上水沿いの生協が左手に見える(完全に内輪ネタですいません)。麻婆豆腐の具材を買った帰りに、自転車に乗ってひじに長ネギがひっかかった感触がよみがえって、何だか涙が出てきた。

そして、ドキドキしながら、アパートの前へ。
この角を曲がって、この辺だ。
あと少しだ。

…。

あれ?

おかしいな。もう一つ、向こうだっけ。

…ない。…どこにもない。

ひょっとして、この真新しい家…。



私の思い出のアパート「緑洲館」は消えてなくなっていました。
代わりに、家が建っていました。

しばし、画面を見ながら硬直しました。
ウィスキーを飲むことにしました。

この映画はメチャクチャおもしろいです。
はじまってから終わるまでドキドキしっぱなしでした。

内容は、"Who wants to be a millionaire?"(日本版ではみのもんたが「ファイナル・アンサー?」とか言う番組です)のインド版で、スラム街出身の少年が、どんどん正解を連発して勝ち進んでいく、という話。
教養のないこの少年が、どのようにしてその一つ一つを答えることができたのか、フラッシュバックと共に彼の過酷な記憶がよみがえる、という設定になっています。

物語の進行と共に、少年の悲惨な過去と、どんな状況に陥っても生き延びるのを支えてきた彼の一途な思いが明らかになっていきます。インドの事情を全く理解していない私にとっては、画面に映し出される世界そのものが、非常に新鮮でした。
演技・演出・脚本の質とか、全てがハイレベルで、終始圧倒されました。これはすごい。ラストにかけて、感動が押し寄せます。

今年のアカデミー賞最有力候補です(あ、先週と言っていること違う?)。



…あ、そういえば、今日はバレンタインズデー?
だから映画館あんなに混んでいたのか。普通に忘れてました。

「iPhoneがあと1ヶ月で登場します。この中で、買うという人は手を挙げてください!」

会場にいる100人くらいの中で、半分以上が手を挙げました。

私はNew York Cityで、あるIT技術に関するミーティングに出席していました。Web技術の最先端を世に発表しているベンチャー企業の集まりで、みるからにオタクっぽい人たちばかりです。

携帯電話の革命と言われたiPhoneの発売が目前に迫っていました。彼らはiPhoneの話題で持ちきりで、目を輝かせていますが、私は冷ややかな目でそれを見ています。

「なんでこの人たちはiPhoneくらいでギャーギャー騒ぐんだろうか。大体、あんな小さな画面をずっと見ながら、ずっと指でちょこちょこやってるなんて、なんか不健康で、哀れだな…」

約半年後、私はスケジュール管理できる電子手帳のようなものを探し回りました。Blackberryという選択肢もあったのですが、結局日本語を閲覧できるという理由で、iPhoneを購入しました。

「ミイラ取りがミイラになる」とはこのこと。時は流れ、いつしか私はiPhone中毒になっていました。

朝、iPhoneの目覚まし時計で目を覚まし、眠たい目をこすりながらメールの受信・送信。朝ごはんを食べながらiPhoneの画面でNY Times購読、PodcastでNBCのニュース・ショー"Countdown"と"Rachael Maddow Show"を視聴。外に出れば、スケジュール管理、アドレス帳管理、予算・家計簿管理。車に乗りこんでは音楽・オーディオブック・Podcastを聴き、Google Mapで住所検索、ガソリンのMPG記録。仕事場では電話、Bloombergで株式・債権市場動向、Mutual Fundの価格チェック、ToDoリスト、テキストメッセージ、オンラインバンキング、自社のバランスシート・損益計算書チェック。余暇中には、映画鑑賞、ゴルフスコア記録、Mixi、テトリス、ポーカー。他にも、カメラ、Facebook、チップの計算、天気予報、メモ帳。夜は、布団にこもりながらYouTubeで動画鑑賞:爆笑問題の動画を見てケラケラ笑いながら意識を失い、またiPhoneの目覚まし時計で起床……週7日24時間、この小さな魔物から全く離れることができない自分になってしまったのです。

そのうち私は、「iPhoneを持っていない人は、なぜiPhoneを持っていないんだろう」と思うようになりました(もはや質問自体が病気です)。「自分が全ての人にiPhoneを持つように勧めなくてはならない」と考えるに至っては、すでに宗教の域に入っています。

そんなある日、友人宅に行った時、iPhoneを家に忘れてきたことに気づきました。

命の次に大事なiPhoneを忘れるという大失態を犯した自分に対して”逆ギレ”気味の私に、友人らは哀れみの目を向けてきたのでした…。仕方なくiPhoneのことを忘れて、友人らと話していると、iPhoneがなくても実は生きていけるんだという、何だか当然のことに今さらながら気がついたのでした。

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